私がブログを”〜である”(常体)から”〜です・ます”(敬体)に変えた理由

ブログ運営

ブログを書く時、文末表現を常体(である調)と敬体(ですます調)のどちらにするか悩みますよね。
当ブログでも敬体→常体→敬体と変遷してきました。

本記事では、それぞれの段階でなぜ敬体(または常体)を選んだのかを記します。
これからブログを書く方の参考になれば幸いです。

スポンサーリンク

開設直後:<敬体>

このブログを開設した当時は<敬体>で書いていました。
つまり、この文章と同じ<ですます調>ですね。

敬体を選んだ理由は、一言でいうと人のマネです。

そもそも私がブログを始めようと思ったきっかけは、ある人の生き方に憧れたからなのですが、その人のブログは<敬体>で書かれていたのです。
なので、私もその真似をして<敬体>で書いていました。

開設後しばらくして:<常体>

開設直後は<敬体>で書いていたのですが、しばらくして「なんか書きにくいな」と思いました。
この違和感の理由は3つです。

1つ目は、私自身が<敬体>の文章を読み慣れていないこと。
より正確には、私が好んで読むメディアは<敬体>ではなく<常体>のものが多かったのです。

私がよく読む新聞・専門書・小説などはほぼ全て<常体>で書かれています。
ようするに普段の<敬体>のインプット量が少なかったため、アウトプットが難しかったわけです。

2つ目は、<敬体>は文末にバリエーションが無いこと。

<敬体>は基本的に、文末は「です」か「ます」の2つのみです。
すると、同じような文末の文章が並ぶことになり、リズムが悪くなります。
なんとか文末を変えようとすると筆が止まってしまい、これまた書きにくい…

3つ目は、<敬体>はタイピング量が多くなること。

<常体>なら「〜だ」で済むところを、<敬体>だと「〜です」と1文字多くなります。
たった1文字の違いですが、記事全体で考えるとタイピング量に結構な差が出てきます。この点も、書きにくさを感じる理由だったのでしょう。

このように、<敬体>は私にとって書きにくい表現だったのです。
そのため、ある時から<常体>に切り替えました。

あと、<常体>で書かれたブログは少ないので、<常体>で書けば個性を出せるかもとの打算もありました。

現在:<敬体>

現在は再び<敬体>で書くようにしています。

その理由は、見知らぬ初対面の人に対しては丁寧な表現のほうが適切だと思ったからです。

そもそも、私は自己紹介やコメント欄では一貫して<敬体>を使っています。
特にコメントを書く時は「読み手」を強く意識するため(手紙のようなものなので)、自然と丁寧な文章になるのです。

であれば、記事の「読者」に対しても<敬体>で統一すべきではないかと思いました。

記事を読んでくれる人の中には、初めて私のブログを訪れる人もいるはずです。
リアルの世界で初対面の人にタメ口を使わないのと同様、初めての訪問者に対しても<敬体>で接したほうが無難でしょう。

そして、<敬体>で書き直す日々が始まる

そんなわけで、現在のところ当ブログでは<敬体>と<常体>の記事が入り混じっております。
統一性が無いのは性に合わないのでチマチマと書き直してはいるのですが、果たしていつ終わるのやら…

そうそう、書き直すうちに<敬体>に慣れて、文末にバリエーションが出せるようになりました。
具体的には、文末を「〜しょう」・「〜か?」・「〜ました」にしたり、<常体>を織り交ぜたりするのです。

ですから、最初は<敬体>が書きにくいと思っていても、そのうち慣れると断言できます

結論

もしも今「ブログは常体と敬体のどちらで書くべきか?」と聞かれたら、「迷っているなら敬体で」と答えます。

やはり<敬体>のほうが万人受けしそうなので。
<常体>を読み慣れた人は<敬体>を不快に思うことはないでしょうが、逆は怪しいと思います。

また、一時は<敬体>は書きにくいと思っていましたが、結局は慣れの問題でした。

「個性が出ない」という点についても、現在では問題ないかなと思っています。
<敬体>で書かれた文章でも筆者のクセが自然と出ますし、テーマ選びや切り口にも個性は現れます。
なので、書きたいことを気の赴くままに書けばそれで良いのではないでしょうか。

つらつらと私の考えを書きましたが、同じ迷いを抱えた方の参考になれば幸いです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました